日本民族の形成(1) 日本民族の構成要素 「大和族」との名称について
まず、日本が多民族国家であると言うことは当然の前提であり、将来的には日本籍取得の韓国朝鮮人、中国人などのことも考えていかねばならないのだが、特に前者の場合、「各種の歴史的経緯」の一言では済まされない重い問題を抱えており、ここでは触れないで置く。日本社会が本当に過去の経緯を反省して彼らに接することがない以上、彼らの大多数は日本国籍を選択することはないだろうと思われる。
少なくとも、近代以前に日本列島(というか現在の日本国の境域)に居住していたのは、大和族・琉球族・アイヌ族の三者である。なお、「大和族」という名称については、戦前の記憶から反感を持つ人も多いだろうが、それなら「大」を取って、「和族」もしくは「和人」とすればいいのではないか。たとえ「大和」=「日本」と考えられた時代が長いとしても、少なくとも日本という国号を変えない限り、やはり「日本民族」を上位概念とし、その下に対等のものとして大和族・琉球族・アイヌ族を置くべきである。筆者は、戴國輝の「上位概念としての日本民族は、大和民族の上にある。対等の概念としてアイヌ民族と大和民族があって、その上ではじめて日本民族が成立するのだと。そういう発想でないと」、アイヌを大事にしていることにはならない。(*1)という主張に全く同意するものである。
この点、網野善彦などは、
琉球王国が本州・四国・九州をほとんど「日本」と呼ばずに「ヤマト」といい、(中略)アイヌにたいして本州・四国・九州人を「和人」と呼ぶようになっているのも、「日本」と「大和」との不可分の関係をよく物語っている。 (*2)
と主張するのだが、筆者は上の指摘(下線部)から、むしろ大和(和)・琉球・アイヌで日本民族を構成させることは、十分合理性のあることであり、絶対に必要なことだと考える。
しかるに、なぜ網野が斜体字部のような結論に至るのか理解できない。これは、結局、網野が日本を単一民族国家とする考え方から脱却できていないからではないのか。もっとも、網野の場合、「日本」という国号を将来的に「われわれ国民の総意で変えることができる」(*3)とも発言しているので、かつて「大和」と同義で使われた「日本」という名称は、多民族国家の国号としてふさわしくないと考えているのかもしれない。
いささか余談になるが、網野は同じ箇所で「中国大陸側に視点を置いた」日本という国号を「大嫌い」と述べた江戸末期の「国家神道家」について紹介しているが、もとより前(*4)にも述べた通り、列島を「日本」(日の本=太陽の下≡東方)と見る視点は、おそらく列島に渡来した中国人の発想であり、中国文明の波及によって徐々に独自性が出来上がっていった日本という国の有り様を端的に物語るものであり、筆者は大好きである。
(*1) 橋本萬太郎編『民族の世界史5 漢民族と中国社会』(山川出版社 1983年)終章、座談会「現代の漢民族」より。
(*2) 網野善彦『東国と西国、華北と華南』(1992年)、『網野善彦著作集第十五巻』(岩波書店 2007年)所収。なお、網野は同書において、上の戴國輝の発言を批判的に紹介している。
(*3) 網野善彦『「日本」とは何か』(2000年)、『網野善彦著作集第十七巻』(岩波書店 2008年)所収。
(*4) 拙文『日本国号は中国起源という問題に関連して』
少なくとも、近代以前に日本列島(というか現在の日本国の境域)に居住していたのは、大和族・琉球族・アイヌ族の三者である。なお、「大和族」という名称については、戦前の記憶から反感を持つ人も多いだろうが、それなら「大」を取って、「和族」もしくは「和人」とすればいいのではないか。たとえ「大和」=「日本」と考えられた時代が長いとしても、少なくとも日本という国号を変えない限り、やはり「日本民族」を上位概念とし、その下に対等のものとして大和族・琉球族・アイヌ族を置くべきである。筆者は、戴國輝の「上位概念としての日本民族は、大和民族の上にある。対等の概念としてアイヌ民族と大和民族があって、その上ではじめて日本民族が成立するのだと。そういう発想でないと」、アイヌを大事にしていることにはならない。(*1)という主張に全く同意するものである。
この点、網野善彦などは、
琉球王国が本州・四国・九州をほとんど「日本」と呼ばずに「ヤマト」といい、(中略)アイヌにたいして本州・四国・九州人を「和人」と呼ぶようになっているのも、「日本」と「大和」との不可分の関係をよく物語っている。 (*2)
と主張するのだが、筆者は上の指摘(下線部)から、むしろ大和(和)・琉球・アイヌで日本民族を構成させることは、十分合理性のあることであり、絶対に必要なことだと考える。
しかるに、なぜ網野が斜体字部のような結論に至るのか理解できない。これは、結局、網野が日本を単一民族国家とする考え方から脱却できていないからではないのか。もっとも、網野の場合、「日本」という国号を将来的に「われわれ国民の総意で変えることができる」(*3)とも発言しているので、かつて「大和」と同義で使われた「日本」という名称は、多民族国家の国号としてふさわしくないと考えているのかもしれない。
いささか余談になるが、網野は同じ箇所で「中国大陸側に視点を置いた」日本という国号を「大嫌い」と述べた江戸末期の「国家神道家」について紹介しているが、もとより前(*4)にも述べた通り、列島を「日本」(日の本=太陽の下≡東方)と見る視点は、おそらく列島に渡来した中国人の発想であり、中国文明の波及によって徐々に独自性が出来上がっていった日本という国の有り様を端的に物語るものであり、筆者は大好きである。
(*1) 橋本萬太郎編『民族の世界史5 漢民族と中国社会』(山川出版社 1983年)終章、座談会「現代の漢民族」より。
(*2) 網野善彦『東国と西国、華北と華南』(1992年)、『網野善彦著作集第十五巻』(岩波書店 2007年)所収。なお、網野は同書において、上の戴國輝の発言を批判的に紹介している。
(*3) 網野善彦『「日本」とは何か』(2000年)、『網野善彦著作集第十七巻』(岩波書店 2008年)所収。
(*4) 拙文『日本国号は中国起源という問題に関連して』
この記事へのコメント